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イマを、今日という日々を、生きぬいている全ての人々へ。 家でします。
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日々の徒然日記を書きつつ、 今まで読んだ小説、ウェブ上を歩いていて見つけた面白い物を時には辛口で紹介しません

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さてさて。長い話の一部をここへ。
2008年11月13日 (木) 02:45 * 編集

とりあえずこの動画で少しは全体の空気が中和されたべ。よしよし。

たしかにね。明日誕生日ですね。
てかこれを書いてる間にはキット誕生日を迎えている事でしょう。
読んでてもつまらない物になるんだろうけれどまぁかくか。
しっかし今年は色々有ったな。ほんとに、マジデ。色々な方向な物があったね。
ていってもね結局は五体満足で雨風が凌げて食う寝るにも困らない生活を
もっぱら送れている日々である事にかわりはないんだからまぁね。
何も問題無しな訳なんですけれど。さすがにメンタルに応えた物があったから
もうきちんと、この一年はキチンと振り返って明日からを迎えておくべきだと思うのよね。
無意識の内に忘れてしまおうとするだろうし。こういうのって。
いまの時点で俺が何を感じたのかをキチンと何かにノコシテおくべきな気がする。

将来振り返った時に今の気持ちっていうか、なんだろね、この感覚?
それを外にも残しておこうと思ったのでした。
あくまでも10年後とか15年後とかもし俺が生きてたらその後の自分に対する読み物なので、
だから外から来た人は全然面白くも無いだろうと思う。ただズラズラと長いだけの物。
これは、この1年間にあった出来事を何箇所かに分けて残して置こうと思うその一つです。
ま、端末があればいつでもアクセスできる場所の一つだからね。
ここには何を書いておくか。まぁ、オフクロの事だよな。やっぱり。
んーこの話は沢山ある記録の中でもトップクラスにテンションが下がる話やね。
こっから一気に暗い話になるから。それでも読もうとする酔狂な人は
アレです。トンでもなくテンションが高い時の鎮静剤にでもして頂戴。
じゃ無ければあれだね。あえてバットなトリップに入りたいような変態な時にでも読みましょう。
ま、これを読んだ人からどう思われてもかまわん。とりあえず今の心境の一部を書くだけ。

自分が多少つらくても、腰痛くても頭痛くても、子供が元気にしてくれてるのがすごく嬉しいの。
元気そうな子供の姿見たり声聞いてるとね、本当に嬉しいの。
別に感謝してくれたり、無理に気にかけてくれたりしなくていいの。
苦労して育てた自分の子供が、自分の足で立って人生歩んでくれることが、何より嬉しい。
悩んでる、行き詰ってる子供を見るのは本当につらい。
何とかしてあげたい、どうにかしてあげたいんだけど、私じゃ何もしてあげられない。
余計な口出ししちゃって、後悔する事もある。
アナタにはアナタの考えがちゃんとあるのにね。
でも、見守るだけしかできないのはつらい。苦しんでる姿見ると、心が張り裂けそうになる。
親なのに、何でこんなにも、何もしてあげられないんだろうって、情けなくなるよ。
今楽しいアナタへ。アナタが楽しく生きているという事実が、お母さんの生きがいです。
今苦しいアナタへ。何もしてあげられなくてご免なさい。頼りなくて本当にごめんなさい。
でも、つらくても生き抜いてください。
お願いだから、自暴自棄になったり、自分を卑下したりしないでください。
生きる場所は必ずあります。生きる道は必ずあります。
アナタが、もがいて、もがいて。そこに辿り着くことを毎日祈っています。
私にできることが何かあるなら、どうか言ってください。
誇大表現でも何でもありません。アナタが強く生きてくれることが、
お母さんは自分の命よりも大事です。
出典不明

家族との死別。去る側になるか、送る側になるかは解らないけれど、
それは将来確実に準備されている物で、着実に迫ってきている物だけれど、、
まだまだ若い俺達は、自分達の死が遠い未来にあるのだと思い込み、
永遠に来ない物だと錯覚するのと同じように、現実的な物として捕らえられない。
友達には、自分の本当の親がどこに居るのか、何してるのかも解らない人だっている。
だからこんな事で泣けるのは幸せなんだよって、その友達は声をかけてくれるかもしれない。
思い出が有る。それだけで。
けれどね。個人が幸せかどうかなんて、ましてや自分の現状についてなんて、
他の人と相対的に比べて評価出来る物ではないから。
自分が幸せかどうかは、自分の価値観でしか計れなくて、
その自分の価値観ってのは、結局それは他の人に相談した所で、他の人の話を聞いた所で、
その時は大きな影響を受けた気持ちになるかもしれないけれど、大抵は鶏と一緒で
寝ちゃえばホトンド元に戻される。少しは変わるかもそれないけれど。
そのホンの少しの変化の積み重ねと、
時たま発生する大きなキズから来る影響で人は変わって、成長していくんだろうけれど。


この夏、他の記事にも書いたけど母が倒れた。
母との年の差は丁度30。今55だ。
蜘蛛膜下出血。俺が研究室で泊りがけの実験に打ち込んでいた時だ。
携帯電話になんてロクな連絡は来ない。
そう考えて完全に外からの連絡を絶っていた時だったらしい。
後日になって聞いた事だが、その数日前から母の様子はおかしかったそうだ。
いつも以上に疲れた表情、母仲間と電話で話している時の妙な躁具合、そして偏頭痛。
更に息子と連絡が取れ無い事で、心が不安定になっていたらしい。
手術室に入る前に付き添っていた伯父達は、先生から覚悟してくださいと言われたらしい。
出来るだけ沢山の人、知り合いに声をかけて下さいと言われたらしい。
その言葉の意味を俺は知っている。
だから、今自分が神奈川に居るというこの事が絶望的な事に感じられた。

父が他界して今年で11年目か。あの大きな背骨に支えられていた我が家は、
その日を境に壊滅的に崩壊した。
俺は結局高校を辞め、その夏大検を取って直ぐに家を出て千葉で更に好き放題。
実家には仲のあまりよろしくない母とその姑が二人きり。
当然その環境が長く続くわけも無く、結局母までもが家を出てしまう。
同じ苗字を名乗っている家族全員が、3世代に渡って下は十台、上は七十台で、
経済的な理由とかそういうのでもなく、
ただ、嫌だからっていうだけの理由で完全に別々な一人生活をしているというのは、
まぁ、やっぱり、ちょっとオカシイんだよね。それでいて、もう元に戻れないというのも。
そんな状況の中で一人で今日までやってきた母は、それでもいつも通り気丈で、
たまに電話をすれば色々とやかましい。うん。
俺が高校を辞めた事、一人暮らしを始めたこと、他にも色々。
それらは結局全部母のストレスになってたわけだし。
それでも相変わらず笑顔で、元気で。。。
そんな母が、結局最期の最期まで心に不安を、心残りを抱えたまま、
孤独なまま、心から笑う事も無く、空元気のまま、、、、、
今を笑って欲しくても、笑顔になるのは結局思い出話の時だけのまま、、、、
神奈川から栃木まで、少しでも早く、そう思った。新幹線で 考えてたのはそんな話。

j大学病院最寄の駅で降りて、徒歩で病院まで向かう。歩いて5分くらいの距離。
その歩く区間が物凄く厳しかった。
動悸は激しいし目は霞むし息は上がるし足は諤々するし汗は止まらないし。
理由はわかってる。親父の時と一緒だからだ。結局向き合えてないオヤジが死んだ時の記憶が、
似たような状況の今、抑え切れない波になって。電車の中に居る時からそうか。定まらない焦点。

一歩進む毎に近づく母との距離、
その一歩が近づけば近づくほど、体全体に掛かる負荷。
生きていて欲しい。でも、そうでないかもしれない。
歩いてる今、携帯がなるかもしれない。
病室に飛び込んだ瞬間、母の死が告げられるかもしれない。
その恐怖が母との距離に反比例して、脚を重くさせる。
漸近線のように、永遠に到達できないかのように、
近づけば近づくほどに、、、、

icuで目を瞑る母、早くなる呼吸、カラカラの口腔、、
顔は大きく浮腫み、ゆがんでしまっている。
ネームプレートを確認してしまう程の変わり様。
バイク事故直後のビート武の記者会見。
そのような感じだ。
沢山のチューブが、鼻、後頭部、胸部、腕、脚部、
頭に髪の毛は無く、表面に布巾。その内側は見えない。
両腕、両足、胸部は帯でベットの手すりに繋がれている。
同じようなベットが両側に並び、そして同じような人達。
世話しなく動き回る看護婦さんと医師達、
リズミカルな波形を表示するお馴染みのメトロノーム。
その音すらも聞こえない。

脳関係の緊急オペの後の後患者が行く所は、安置室か、icu。その二つだけで、
icuに居るなら、それはもう、後は回復するだけ。
目を瞑っている。意識は回復しているという話。でも目を瞑っている。
話しかけなければ、何か声をかけなければ、今話しかけなければ、
オフクロ、、、オフクロ、、、オフクロ、、、
単純に、ただ単に、オフクロを呼ぶ、とにかく返事して欲しいからオフクロを呼ぶ。
そんな事、何時以来だろうか。単にオフクロを呼ぶのは。。。遠い。。
いつも、オフクロを呼ぶ時は、結局自分の要求を話す時だけ。
オフクロという単語は、何かの他動詞や目的語と組み合わせなければ、口から出て来ない物。。
単純な4文字をただ口にするだけなのに、何故だろうか、
まるで友達に向かって友達だろって口にするような、つたなさ。
それでも何度も、オフクロと呼ぶ。上手くいかない。
一度口にするたびに、溢れる涙。最初は口がパクパクと動くだけ、
少しずつ音が漏れるように、自分でもオフクロと聞こえるように、何度も繰り返して、、、

ゆっくりと目を開けるオフクロ、ゆっくりと空中を漂い、俺と目が合う。
焦点はあっていない。
口が動く。擦れて上手く音が出ていない。
い つ かえって きたの?
今だよ。急いで帰ってきたんだよ、ビックリしたんだよお
どろいたんだよなんでだよここじちいだいだよどーしてだ
よびっくりしたんだよだいじょぶかよしぬなよくれよたの
紐で繋がれているけれど少しは自由が利く腕。
後頭部に繋がれたチューブを無意識の内に抜かないようにする為らしい。
そんな腕。伸ばしてくる。
かなり熱を持っているその手を掴む。
母の親指が俺の手の中で、俺の手の平をサスル。ゆっくりと。目を瞑る母。
沢山の感情、記憶、走馬燈。俺はまだ死なないのに。
いつぶりだろうか。母に触れるのは。肩たたきなんて、何時以来していないだろう。
今 後悔する位なら、どうして今まで母に冷たい事しか出来なかったんだろう。
どうしてアノ頃憎む事しか出来なかったんだろう。
ここで母と約束した事を忘れないようにしよう。
もっと色々優しくしたかった、色々話したかった、楽させたかった、
笑ってもらいたかった、色々な所に連れて行ってあげたかった、カッタ、カッタ、
声を出すのも大変そうな母。何も喋らなくて良いよ。もう、だいじょうぶなんだから。

その後2ヶ月近く、結局地元に居る事になった。
脳出血は、緊急オペが当然最初の山なのだが、その後、
ただ見守るだけの形で二つ目の山が来る。
術後は脳内に溜まった、太いチューブを後頭部に挿し、
出血によって飛び散った血液を洗い流す作業を行う事になるのだが、
この血液が厄介者なのだそうだ。
血管に外側から血液が触れると、その触れた部分に収縮を行わせてしまうらしい。
それは術後2週間に渡って徐々に起こっていき、そして弱まっていく。
この度合いは、患者それぞれによって、また出血の度合いによって様々なので
どの程度の物になるかは解らない。
こん睡状態になるのか、たんに夢うつつな程度で済むのか、
当然術後の現時点では奇跡的に五体満足だとしても、
この収縮によって脳にダメージが生じれば、
意識的な部分、もしくは肉体的な部分に障害が残る事になる。
身内の俺達はただそれを指くわえてみてるだけだそうだ。
毎日病院に通った。この俺が。気持ち悪。原油高とかそんな事は知らない。毎日。
面会開始時間の13時から17時迄、土日は19時迄。
母に話しかけ続けた。

結果的に今の母には障害と呼べる物は何も残らなかった。
強いて言えば、声が微妙に震えるくらいだろうか。
声帯に少しだけダメージが残った。
あと表情が少し変わってしまった。
顔面の筋肉にも少しはダメージが残るのだろう。
右側の眉毛が下がり、ちょっと困った表情をしている感じだ。
それだけだ。
無事に退院した後、暫くは伯父の家に居させてもらい、
それも一週間位して、今まで通りに一人で生活している。
よかった。ほんとうによかった。

でも、この話はまだ終わらない。

生死の境をさまよった人間はその後の人生観が大きく変わる。
とよく言うが母はそうでもないらしい。
確かにそうだろう。余りにも急なオペ、急な告知、
急な大病、あらゆる事が一度に変化したが、
母はその最初に大きな頭痛を感じた後は、ずっと寝ていただけなのだ。
そんな事全く自覚していなかったのだから。
自分がアノ川に片足突っ込んでいた事も知らなかったのだから。

この間の週末、学会があった後に帰省した
母を見ると色々と考えてしまう。
この母と一緒に過ごせるのは後どれくらいなのだろうか。
母が後30年生きたとして、年に12日間帰省したとして、
360日、一年しかないのか。いや、もっと沢山一緒にいるだろうけれど、
母と水入らずで過ごす時間というのは、この程度しか無いのか。

一段と老け込んだ母、口を開くと弱音が出てしまう母。
今まで全く考えてこなかった、、
というか、父の件以来、全く考えないでいた親との死別について、
リアルに考えるようになった。
母自身が自分の将来を、余生を悲観している様、、
自分が今している事は、、他にも色々
この一週間はそういった事を思って色々な人に有って来た。
祖母にも。そう。祖母。祖母については別の記録に書いた。
こっちの方がより現実的であるか。
特に余生について、孤独さについて、それでも頑張ってる様について。

よし。これくらいにしておこう。母については。
うん。やっぱり誕生日でした。
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